「blacksheep/∞-メビウス-」推薦コメント

なんという体験だろう。楽器という〈音響筆〉で描かれていく風景画を見ているかのようだ。音もSFになる。

神林長平(SF作家)

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ジャズとSFの神々に(そこには美神も邪神も破壊神も小悪魔もいる)忠誠を誓って40ウン年、吉田隆一は俄かには信じられないほど完璧なやりかたで、ついに彼らを目の前に召喚することに成功してしまった。危険だ。早く逃げろ。という間もなく大いなる存在に取り込まれてゆく人間どもの姿が見える。バラード三部作後半からラストまでのあいだに二回落涙し、一枚のアルバムだけで一日を過ごしたのは思えば何年ぶりだろうか。個々の楽曲に触れはじめると話が止まらなくなりそうなので、嫉妬と羨望の気持ちだけを伝えたい。おめでとう。SF大会の成功を祈る。

大谷能生(ジャズ研SF部副部長/ダンス作品ヴァージョン『グラン・ヴァカンス』音楽担当/音楽家/批評家)

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これはすべてのSF作品のサウンド・トラックである。

『blacksheep/∞-メビウス-』を聴かせていただいた。日頃、ローランド・カークを流したいのに、ツレの顔がコワイから結局はエヴァンスばかり回している私の耳に、それはかなりの音圧となって迫って来るのだ。
日本の演奏家に興味がなかったわけではないが、多くはない制限時間では、海外の死んでしまったアーティストたちの演奏を聴くだけで、お腹いっぱいだったのである。だが今回、それが大いなる誤算だったことを確認してしまう。今頃になってのこれはツライ。
blacksheepは、いわば生きるジャズだった。
そして、気づくのである。永遠のシロウトジャズファンにとって、実は半世紀前の名盤たちはほぼ金太郎アメではなかったか、と。
いま私の前に誰にも似ていないジャズの現代があった。
「SLAN」は、ショボイじじいを後ろからドンと突きつつ、歩みののろさをサポートしてくれるブースターである。その主旋律は明日への大切なお守り。
「屍者の帝国」、まずはデダシからSFファンの喝采を浴びるだろう。屍者の行進は、やがて「ポーリュシカ・ポーレ」と「ゴジラのテーマ」の対決へと進む。これはもう音の小説である。
「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ」は、あの曲を、丁寧にかつ大胆に演奏。その間のさまざまな「音」は、聴く人ごと届ける「ソラリス」の賜物であり、人によってまったく別のシーンが思い浮かぶことだろう。
そして私たちは「たんぽぽのお酒」で乾杯し、その絶妙な味わいに酔いつつも、二日酔いはなく。
「J.G.バラード 組曲」で、それぞれの楽器の物語を聴き取れば、心はいつしか天空にある。
「アンドロイドは電気黒羊の夢を見るか?」では、電気を食む羊の群れを油煙舞う大都市に追い。そして「微かなる陽のきざはしの記憶」で、無限階段を昇ると、見えてくるのは新しいSF音楽の地平だった。
うむ、今年のSF大賞はこれだろうか。

忍澤 勉(SF評論家)

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ああ、はいはい、あれでしょ。フォークトなんたら方式とか、なんかそんなやつ。言葉じゃなくて音、ってとこが、ちょっと変わってるね。いや あ、それにしてもこれ、刺さるなあ。ずぶずぶ入っちゃいますね。ひゃあ、だいぶ深いとこまでいっちゃってますよ。ねえ、これって、大丈夫です かあ。あ、そこそこ、そこ。ああ、これは。あああ、うんうん、そうかあ、そうだったんだね。いや、知ってたけどね。しかし、あれだったのか あ。うん、あれだったんだね。はい、あれですね、私は。そうそう、はっきりわかっちゃいました、っていうか、思い出しちゃったよね。そうね、 うん。でもまあ、いいじゃないの幸せならば。

北野勇作(SF作家)

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ストイックにしてロマンティック。ジャズとミステリを愛しながらSFを生業にしてしまった男にとって、あまりにも幸福かつ挑発的な調べ。

SFマガジン前編集長 塩澤快浩

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blacksheepがバリトンサックス、トロンボーン、ピアノのトリオだって? はっはっは……まだだまされているのか。じつは、あのバンド、ドラムもベースもちゃんといるんだよね。それどころかトランペットもギターもアルトサックスもテナーサックスもいる。いや、ヴァイオリンもチェロもオーボエもホルンもフルートもコーラス隊も、それに指揮者も……隠れているだけであの三人の後ろで演奏している。だって、あれだけの音をたった三人で出せるはずがないでしょう? ライヴのときも、ステージの後ろに幕みたいなやつがあるけど、あの奧に何十人ものサポートミュージシャンが潜んでるんだよね。そうでないとおかしい。ぜったいにおかしい。嘘だと思うなら、めくってみなよ、あの黒い幕を。でも、そこでなにを見ても、あとで「見なきゃよかった」と後悔しても、俺は知らない。

田中啓文(SF作家)

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黒羊といえばどうしても黒執事を思いだしてしまうわけだが、スラングでは無頼漢というような意味があるらしい。blacksheep、略せばブラシーで、これで吸血レスラーを思い出すのはたぶん50歳以上だ。
それにしても吸血て。
吉田さんはSFファンで原田知世さんのファンで深夜アニメファンでフリージャズをやっているという。もうそれだけで「わかった。音はもう聴かなくても大丈夫だ」と全幅の信頼を置いた気持ちになっていた。
失礼な話だ。
聴きました。すばらしい。
SFと音楽というと、どうしても「好きすぎて」コンセプトのほうが自由な音楽の楽しみより目立つものもあったりする。2つ以上の好きなものを組み合わせるのは、実は演るのも聴くのもむずかしいのだ。
ところがここにはちゃんと両方ある。
演奏は繊細にして過激。だが心地よい。くりかえし聴いています。

とり・みき(マンガ家)

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「SFは絵だ」という意見があるが、同じぐらいに「SFは音楽だ」と思う。
乱暴に言うと絵は具体的なものだから作品のディテールをよく表し、音楽は抽象的なものだから作品のもつテーマや雰囲気といったものを表すのに適している。そんなにきっちりと2つを分けられはしないが、その世界観に感動したSF作品は、たいてい読んでいる間に頭の中で音楽が鳴っているものだ。
blacksheepの新作のテーマは、そのものずばり、SFだという。
一聴して、これまでに聴いたことのない音楽だと思った。
バリトンサックスとトロンボーンとピアノ。この編成がすでに異様だ。リズムと高音部を担当する楽器が無い。ということは高ぶる感情や熱い心臓の鼓動みたいなものをあえて表現しないのか。
耳を傾けると時として狂おしいブローや激しい打鍵もある。しかしそれは激情に身をまかせてほとばしったものではない。『ブレードランナー』に出てくる都市の冷たい光を放つ金属の手触り。レプリカントのように冷たく澄んだ表情。意識を持たない屍者の群れ。静かに結晶してゆく世界。こうしたものを表現するために組まれた編成だとしたら、ぼくたちはもうblacksheepの戦略にやられていることになる。
ふと考えたのは、音楽にも生と死があるのだろうか、ということだ。時間線にきざまれる芸術である音楽には、当然始まりと終わりがあるし(ここが絵と違う点でもある)、生命もあるだろう。そして音楽自体が意識をもつこともあるのでは? 音楽の屍者が歩き回る世界もあるだろうか? 時間がとまれば音楽は結晶化してゆくのだろうか?
おや、1枚のアルバムを聴いている間に、頭の中にいくつものSFのアイデアが生まれた。きっとみんなもそうでしょう? だからSFというやつはやっかいな代物で、とてつもなく魅力的な魔物でもあるのだ。

水見 稜(SF作家)

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『黒羊をめぐる冒険』 飯野文彦

平成25年6月30日、まだこの日は暑さもほどほど、おだやかな昼下がりだった。吉田隆一さんから一通のメールが届いた。
――今夏発売される私のバンド〈blacksheep〉の3rdアルバムの特設ホームページ用にコメントをいただけないかと……。
わあ、うれしいな、ぜひ書かせてちょ、返事をすると〈締め切り・7/10。文字数・一言から無制限〉とのこと。かくして10日あまりに渡る『黒羊をめぐる冒険』がはじまったわけである。

◇ ◇
カニ、うそ、さる7月1日から3日にかけて、地元・甲府桜座で『ニホンオオカミの足跡』なるイベントが開催され、私はいつのごとく子供用の水筒に焼酎のウーロン割りを詰めて、隠れ飲みしながら、連日通った。
三日通してスガタイローさんが出演され、「ああ、この人が私の婿になるのか」と思うと、ほかの観客とはひと味違った興奮に包まれたものである。

◇ ◇
ま、それは勘違いだったとして――スガタイローさんを知ったのは遅く、昨年だった。
当時、日々、東京砂漠のごとく乾ききった心身にアルコールを注ぎ込んでいた私は、本屋の店先で一冊の本を手に取った。田中啓文さんの『聴いたら危険!ジャズ入門』である。その危険な匂いに気がついたらふらふらとその本を手に、レジの前を通りすぎていた。
それも嘘で、はじめてこの本を知ったのは、ネット情報だった。田中啓文さんは優しい人だ。著書を献本してくださる。それなのに、この本は送ってくれなかった。それならば買うしかない、とさっそくアマゾンに注文した。
翌日、来た来た。我が家に本が来た。さっそく読もうと思ったが、夕方だったのでお酒を飲み、酔っぱらって、爆睡し、翌朝、二日酔いでとてもパソコンに向かう気力もなく、それなら暇つぶしに本でも読むか、ん、何だこの本は、ああそうか昨日届いたっだっけ……そんな意気込みで、ぱらぱらと開いてみた。
油断禁物だった。最初にあった〈はじめに〉という、いわゆる前書きのところで、がつんとやられた。
〈フリージャズは頭で聴く必要がないからです。身体で聴けばいいんです。フリージャズこそ、めちゃめちゃおもしろく、なーんにも考えなくても、ただただ楽しめる、かっこいい、がつんとした手応えのある音楽なのです。〉(同書より、一部引用)
何というそそられる言葉だろう。そうか、音楽も聴いてないなあ、それじゃいっちょ、ライブに行ってみるか。とばかり、この本で紹介されているミュージシャンのライブがあると、いくどとなく足を運んだのだった。
そんなとき、スガタイローさんが、桜座に出演されたので、足を運び、その凄まじいばかりのプレイに陶酔した。帰りに、販売していたCDをすべて買ったら、このとき売り子をなさっていたノイズ中村さんに笑顔で握手を求められて、うれしかったです。

◇ ◇
吉田隆一さんとの出会いは、それよりも後だった。新宿ピットインで、のなか悟空のライブがあり、近くのランプ亭でビールと牛丼を飲み食いしてから向かったところ、吉田さんがゲストで出演されていた。
ピットインはチェックが厳しく、隠し持ったウイスキーのポケット瓶を、柿の種をつまみながらトイレで飲んだのを、昨日のことのように思い出し、頬がゆるむ。
このライブに行ったとき、不思議なことが起きた。休憩時間、音楽の興奮と酔いの沼から、ぶっくりと這い上がるように意識を取り戻すと、私は吉田さんと話しをしているではないか。
なぜだか、すでに吉田さんは私のことを知っているし、私も吉田さんを知っている。不思議だったが、せっかく話してくださっているので、そのまま会話をつづけ、後半の演奏を楽しんだのだった。

◇ ◇
――前章のネタばらし。
あの日、ピットインに向かう前、ランプ亭で酔っぱらった私は、田中啓文さんに、これからピットインに行くよん、とメールしていた。それで啓文さんが吉田さんに、飯野が行くみたいだよよん、とメールして下さっていたのだ。
しかしだから言って、初対面なのに、なぜすんなり会話ができたのか。そこは未だに解明されていない。

◇ ◇
とはいえ収穫は絶大だった。そのとき傑作CD〈2 Blacksheep〉を購入し、翌日から孤独な晩酌の、唯一にして最高の友となったのである。

◇ ◇
そして後藤篤さんである。が、不幸なことに、まだライブに足を運んだことはない。
さっそく〈bloc: のびたりちぢんだり tb奏者 後藤篤のライブスケジュ〉なるホームページを拝見し(わあ、素晴らしいタイトルだなあ)、ライブの予定を見たところ、〈表示できるデータは登録されていません。〉とある。
さて、困った。このコメントの締め切りは7月10日である。それまでに生で拝見できないのか。どうしよう。
しかし、悩んでどうなる問題ではない。

◇ ◇
とにかく、上京することにした。上京すればなんとかなる。話しはそれからだ。かくして7月6日、急きょ上京した。かまやつだ。あてなどないけど、どうにかなるさ。
しかし、どうにもならなかった。といっても月亭方正ちゃうちゃう、ガキの使いではないのだから、何とかしなくてはならない。
仕方なく、上野にある東京芸術大学美術館で『夏目漱石の美術世界展』を見た。
ここでちょっとした収穫があった。立川三四楼ならぬ『三四郎』の最後に、次のような文章があることを見つけた。

◇ ◇
三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊、迷羊と繰り返した。

◇ ◇
迷羊のところには〈ストレイ・シープ〉とルビがふってある。やや、少しだけ黒羊に近づいたぞ。やっぱり上京してよかった。行動あるのみ。
さらに喜びのあまり、浅草演芸ホールまで足を伸ばした。落語協会メルマガ [2013年07月上席号]に、次のような文章が載っていたからだ。

◇ ◇
出演者のコメント
☆浅草演芸ホール 夜席主任 三遊亭白鳥
編集子註)ほぼ原文のままです・・ほとばしる意気込みをお楽しみください。

よう、メールマガジンのみんな元気かい?白鳥だよ。
7月上席浅草演芸ホールの夜トリを取るんだけど知っているかい?浅草の夜って。
8時過ぎたら表誰も歩いてないんだ。花屋敷のお化け屋敷より怖いんだぜ。
そんな中見に来てくれるお客さんは、浅草ならではの素晴らしいお客さんなんだ。
去年浅草で初めての夜トリ取ったんだけどプロレス少女伝説と言う座布団に
コブラツイストする江戸前の新作やったんだ。
そしたら前に座っていたおじいちゃんが「こんなの見に来たんじゃないわい」と
怒って帰るわ松屋の紙袋もったおばあちゃんが「人情噺せんかい」と叫ぶは
まさしく阿鼻叫喚。
そんな優しい人達に見守られて戦う俺の姿を見た数少ない白鳥ファンがつぶやいた。
「最高のライブだ!!!」
と言うわけで他の寄席では見られない浅草の俺を見に来てくれよ。
ネタはそんな浅草のお客さんにも笑ってもらえるようなわかりやすいネタやるからさ。
「砂漠のバー止まり木」とかしないよ。
そして見終わった帰り道、静まり返った新仲見世通りから見えるスカイツリーが
紫色だったらきっと金原亭馬遊師匠にいい事があるぜ。
※休演日は7月2日・3日です。

◇ ◇
血が騒いだ。私は白鳥の大ファンだ。上方では月亭文都、江戸前では、新潟出身の三遊亭白鳥にとどめを刺す。
白鳥の著書『ギンギラ☆落語ボーイ』も、お江戸日本橋亭で白鳥みずから、手渡しで購入し、積ん読してるくらいだ。
今回は、その仕返しではないけれど、終演後、白鳥に「あのお、ファンです。本を書きましたんでよかったら」と『ハンマーヘッド』を手渡した。
言葉はつづかず、では、と足早に浅草演芸ホールを後にし、無人の浅草を歩いた。無人の街など『サウダージ』な街、甲府で慣れているので、怖くない。客席で隠れ飲みして、だいぶ酔っていたし。
浅草から銀座線に乗り、上野で乗り換えて、東京駅へ。キヨスクでアイスカップ一つ、缶チューハイ500ミリリットル二つに350ミリリットル一つ(甲府までの時間を逆算して、アルコール摂取量を計算した結果です)を購入し、東京駅を午後9時40分発の下りかいじに乗った。
車内では、さっそく反省会だ。最大の目的を果たさなかった。後藤さんのライブを見るどころか、お顔さえ拝見できない体たらく。後悔を缶チューハイでごまかしながら、甲府まで戻ったのだった。

◇ ◇
翌日は〈Blacksheep〉の謎を解明する手がかりを求め、山梨文学館へ向かった。唐突だが、そう思ったのだから、仕方がない。
文学館では、午後一時半から行われた『小説教室 堀江敏幸講演会「読むことは書くこと、書くことは読むこと」』を拝聴した。
小説を書く上で、とても有意義な話しを聞けたものの、依然として〈Blacksheep〉の姿は見えてこない。
否! うそはよくない。正直に告白しよう。
講演会に行こうと思っていたのだ。予約もしてあった。が、がつんと横殴りにされたような二日酔いに加え、甲府は燃えていた。38度近い猛暑に、とても外出できず、クーラーをがんがんにかけた部屋で、ブラックシープの数を数えながら、うたた寝で過ごしてしまったのである。ああ……。

◇ ◇
さて、困った。謎は解明できていない。
やはり後藤さんのライブを、生で経験するしかない。もう一度、上京しかないのか。
だが、その翌日の7月8日は、老母の介護認定調査結果による今後の傾向と対策会議が、ヘルパーさんとケアマネさんを交えて行われる。上京できない……。10日の締め切りは近い。上京するなら、残りは一日だけ、9日火曜日しかない。
悩むな。行動あるのみ。かくして、私はまたしても上京したのだった。

◇ ◇
やはり、あてはない。とはいえ、二度目だ。どうにかなるさ。
だがアーム・ジョウ。ならなかった。手がかりさえない。吉田さんの携帯に電話しようか。
マントヒヒ、うそ、さる5月26日、私は吉田さんとの三度目の面会をしている(二度目は、去年の暮れ、桜座での『渋さ知らズ』のライブの後、立ち話)。
西荻窪クラップクラップで行われた「なりゆきまかせ楽団」のライブにうかがったのである。
ライブ後、吉田さんが近くまで来て下さり、お話ししたのだが、覚えているのは、吉田さんが「何を言っているのか、さっぱりわかりません」と言った言葉だけだ。
シーバスリーガルのボトルを6000円で入れ、ライブ中にばんばん飲んだため泥酔し、それでなくても滑舌の悪さも加わって、ほとんどコミュニケーションが取れなかった。無念ではあったけれど、翌日、財布を見たら、吉田さんの名前と携帯の番号が書かれたメモ用紙が入っていたのである。
しかし、電話したことはない。電話しても素面では話せない。酔ってからだと、迷惑だ。また『何を言っているのか、さっぱりわかりません」と言われたら、どうする。
かくして、最後のツテも途絶えたため、仕方なく、乃木坂、国立新美術館で行われている『貴婦人と一角獣展』へ向かった。朝日新聞のホームページから応募したら、無料観覧券が当たったのだ。ラッキー!
ところが、千代田線・乃木坂に着いたところで、事件は起こった。なんと国立新美術館は、火曜休館ではないか。
くうぅ、まぎらわしい。どうしよう。どうしようもなかった。
これまた仕方なく、夜は、パルクメールホールへ行われた立川談春独演会に行った。談春、なかなかチケットが取れないんだけど、今回は先行予約で当たったのだ。これまたラッキー。
談春はまだ楽にチケットが取れる頃、追っかけをしていて、横浜での独演会のとき、当時出版されたばかりの『バッド・チューニング』を手渡したことがある。読んだのよの字も聞かないけれど。
この日の演目は『子別れ』の通しだった。ううん、聴かせるねえええ、と唸りながら、電車に乗ると、私から乗客が離れていく。『乗客別れ』。
なにかまうものか、酒臭くて、すみません。
でも、やっぱり目的は果たせず、気がつくと、すでに締め切りの7月10日の朝を、いつの間にかたどり着いた自分の布団の中で迎えていた。

◇ ◇
というわけで、締め切り日の7月10日となった。
今日は大好きなけろけろけろっぴの誕生日でもある。けろちゃん、おめでとう!
それはそれとして、ここまででどれだけ〈blacksheep〉の魅力をお伝えできただろうか。
なにも浮かび上がってきていない。否、嘆くな、すべてはライブにある。そのエッセンスが、新たに発売されたCDの中にある。〈blacksheepの3rdアルバム〉の中にある!
おやまあ、びっくり。なんとまあ、黒羊は青い鳥ともども、身近にいたのである。

◇ ◇
かくして結論は出た。
よかった、か? 否、このままでは、単なる酔いどれの戯言で終わってしまう。何かサービスしなければ……。
とはいえ、ネットでは酔っぱらいダンスも披露できない。ん、動画があるって?
いやだ、泉邦宏、じゃなくて泉昌之の漫画『感情的』のオヤジみたいに後悔したくないので、ここは〈blacksheepの3rdアルバム〉を祝して、未発表の小説を載せて、締めくくりとさせていただきます。

◇ ◇
もう一杯

気がつくと〈ブラックシープ〉のカウンターに突っ伏していた。
顔を上げて店内を見回した。〈ブラックシープ〉は新宿G街の二階にある。七、八人も入れば満員になるカウンターだけの狭い店だった。
客はほかにはいなかった。カウンターの奥で〈ブラックシープ〉のママ・隆一が背中を向けて、流しでさかんに水道を使っている。
声を掛けようとしたとき、階下でドアにつけた鈴が鳴った。
水道を止めた隆一は、濡れた手を拭きもせずに、カウンターから出た。私に見向きもせずに、階段に向かう。
「あらタイローさん、ごめんなさい、今日はお休みなの」
「うそつけ。ママ、店にいるじゃない」
「片付けがあって来ただけよ」
「まだ宵の口だ。一杯、呑ませろよ」
「ごめんなさい。お酒もきらしちゃったし、なんだか頭が痛くて」
さらに二言三言かわした後、客はあきらめて退散した。
お休みというのは嘘だ。もしそうだったら、私が居るわけがない。頭が痛くてというのがほんとうで、私が入店した後、早めに店じまいしたのだろう。
階段を上がって戻ってきた隆一に、それを訊ねようとしたが、すんでのところで言葉に詰まった。
能面のように感情の消えた顔つきで、私をやり過ごす。ふだんからきついところがあるけれど、ここまで取りつく島がないのもめずらしい。
カウンターの中に戻るなり、ふたたび背中を向けて、水道を使い出した。私はばつが悪くなった。何か彼女を怒らせるようなことをしたのか。
しばし考えたが、思い浮かばなかった。飲み過ぎて記憶が飛んでいる。それでも――細い紐の一端にすがりつくように、記憶をまさぐる。

夕方、新宿で編集者の後藤と打ち合わせを済ませ、そのまま歌舞伎町にくりだした。
焼鳥屋、バー、スナックと梯子したことは覚えているが、いつ後藤と別れたのか、いつ〈ブラックシープ〉に来たのかも覚えていない。
――いや、そうじゃない。喧嘩したんだ。
ぽっと蝋燭の灯りのように、頭に浮かんだ。そのわずかな灯に引きずられるようにして、ぼんやりながら記憶が甦ってきた。酔った後藤に風俗へ行こうと誘われたのだった。
「奢りか?」
そう訊ねたら、
「ご冗談を。売れっ子ならまだしも、何でてめえなんかに。むしろ、そっちが奢れ」
と言われため、カッとなった。
そこまでの飲み代もすべて割り勘だったこともあって、
「てめえこそ、一度くらい奢れ」
と怒鳴ったところ、
「それなら一度くらい売れる本を書きやがれ」
と来た。しばし言い合いとなり、
「ちっ、しょうがねえ、社費で一人で行くから、帰れ。このヘボ作家」
と言われ、
「ああ、帰ってやる」
と別れた。
一人になった途端、苛立ちとともに無性に下半身が疼いた。それで隆一に電話したのだ。酔った勢いとはいえ、隆一とは何度か寝たことがある。
「ごめんなさい。具合が悪くて、休んでるの」
「それなら見舞いに行くよ」
大久保通り沿い、百人町にあるワンルームマンションには、二度三度足を運んでいる。目的が目的だけに、店に行くよりも、願ったり叶ったりだ。
けれども隆一は、執拗に拒んだ。それで私もむきになり、言い合いになった。
「わかった。店に来て。すぐに行くから」
そう言われて〈ブラックシープ〉に出向いたのであるが、私は荒れていた。
「何で、部屋に行ったらだめなんだ」
「散らかっているから」
「嘘だ。男がいるんだろ」
「ちがうってば」
「もういい。ほかに誰もいないんだから、ここで……」
出されたウヰスキーをくっと飲み干すなり、私は〈ブラックシープ〉の店内で隆一に襲いかかった。激しく抵抗されるうちに、ますます私はムキになった。
「やめて。何度か寝たくらいで、つけあがらないで」
「やっぱりほかに男ができたんだな。水見か?」
「そ、そんな。確かに水見さんは好きだけど、あの人はそんな人じゃ……」
「黙れ、このズベコウ――」
さらに私は、あらん限りの罵声を浴びせかけた。そして……。

「すまなかった」
隆一の背中に詫びた。
振り返ったその顔は、先ほど以上に硬く凍っている。
「な、な……」
私を見て、自ら飛び出した金魚のように口をぱくつかせる。
「いや、驚くのも無理はない。悪いのは、こっちのほうだ。ひどいことを言ってしまった。だからこんな目にあっても、とうぜんだよ」
苦笑して言ったものの、自分が言った『こんな目』って、どんな目なのか、わからなかった。
「ど、どうして……とっくに……」
その声も凍りついている。
おかげで、さらなる記憶がもどった。辺りには、懸命に拭いたようだが、まだまだ血の痕が残っている。私の頭を割ったボトルの欠片も、散らばっていた。
「いやあ、泥酔していて、つい、おまえに殺されたのも忘れてたんだ」
おどけて言うと、隆一はヒステリックに叫ぶ。
「あなたが悪いのよ。ひどいことを言うし、無理やり襲うから、つい――」
「わかってる。出会い頭の事故さ。まあまあ落ち着いてくれよ。私も落ち着いて、今後のことを考えたいんだ。だから……」
私は目の前に置かれた空のグラスを指さして、隆一に言った。
「悪いが、もう一杯」(了)

◇ ◇
ううん、ホラーだな。SFではない。
これだと〈SFプラスフリージャズ〉という〈blacksheep〉のコンセプトからずれてる。私自身が世間からずれてるから仕方がない。とはいえ、せっかくなので、それなら、もう一つ――。

◇ ◇
連日繁盛の寿司

山梨県は、日本列島のほぼ真ん中に位置する。南に霊峰富士を、北に八ヶ岳山麓を仰ぐ、山また山に囲まれた山国である。
とうぜんのごとく海はない。が、なければないであきらめがつくというものではない。
山国育ちの人びとほど、海産物への憧れは強い。マグロの消費量を見ると、山梨県が日本一であるのことからも、その片鱗がうかがえる。
さて、その山梨県の真ん中、甲府盆地の、これまたほぼ中心にある甲府駅からほど近い場所に、今回紹介する寿司屋〈H寿司〉がある。屋号の由来は、いたってシンプルだ。店を経営するオヤジの苗字から取っている。
木造二階建ての建物は、ずいぶんと古くて、ぼろい。第二次世界大戦が終わって十年あまり後、オヤジ自ら拵えたという。真偽はともかくとして、この凝り性のオヤジなら、やりかねないと思わせる。
二階は住居で、かつてはオヤジと奥さんで住んでいた。十年あまり前、奥さんが店の前でトラックに轢かれて、ぺっちゃんこになった。
以後は、オヤジのひとり暮らしだ。ちなみにオヤジと奥さんの間に、性交渉はあったと推測されるが、子供はない。
俗に〈男やもめに蛆がわく〉というけれど、几帳面なオヤジは、掃除を怠らず、古い建物にはまちがいないが、いつ行ってもこざっぱりとしていて気持ちが良い。
これまた俗に言う〈鰻の寝床〉というヤツで、カウンター席だけの細長い店内は、十人も入れば一杯になってしまう。
「うちは野球チームの予約なら、オーケーだが、サッカーチームはお断り」
以前、訪ねたとき、オヤジがこんなことを言った。
「でも、野球チームでも、メンバーが九人ぎりぎりということはないはずですが」
そう質問したところ、オヤジはカーッと喉を鳴らしながら、包丁の柄で短く刈った白髪頭を掻き、
「これだから、朴念仁はいやだね」
と言われた。
このときは、それ以上突っ込んで訊ねなかった。これまた俗に言う〈き××いに刃物〉なので、黙ってやり過ごし、後で辞書を調べたところ、
――ぼくねんじん【朴念仁】わからずや。『学研 パーソナル現代国語辞典』
とあった。けっして韓国のえらい人の名前ではないので、慣れないうちは使わないほうが無難な言葉だろう。
ちなみに〈ブラックシープ〉とは〈一家や仲間内の「やっかい者」や「面汚し」という意味で使われます。〉とのこと。はははのは。
それはそれとして、どうやらオヤジが言った野球チームうんぬんは、ジョークだったらしい。と、これまた、後でわかった。なぜなら、ときどき、このオヤジが、同種の発言をするからだ。
「うちはハンドボールチームなら、マネージャーを入れてもオーケーだが、サッカーチームはお断り」
「うちはバレーボールチームなら、六人制に限らす、九人制でもオーケーだが、サッカーチームはお断り」
面白いか面白くないは別にして、俗に言う〈仏の顔も三度まで〉で、三度聞けば〈耳たこ〉つまりジョークだとわかる。
そこで打ち解けたので、こちらも笑顔で、
「オヤジさんは、サッカーが嫌いですか?」 と質問した。
その日は、むっとした顔つきで黙ったので、外したか、と黙っていた。けれども、次に店を訪れたとき、オヤジは言った。
「うちはフットサルの交流会の打ち上げならオーケーだが、サッカーチームはお断り」
かように一見無愛想で、ねじり鉢巻きに白い仕事着姿でなければ、ヤクザそのもののオヤジでも、ジョークを言うのだ。そういう気持ちで接することが必要条件である。

さてこのH寿司だが、とにかく変わった寿司屋である。
通常、寿司屋にかぎらず、飲食店はうまいまずいは別にしても、ある程度アベレージがある。つまり人気店は、高い味のレベルをキープしているから、人気がある。逆に不人気店は、いつ行ってもまずいレベルなので、客足が遠のく。
ところがこのH寿司、美味いときはすこぶるうまい。絶品だ。この世にこんなうまい寿司があったのかと、感動必至である。
けれども、まずいときはすこぶるまずい。こんな糞みてえなものが食えるか、と、あまりのまずさに激怒した客が、卓袱台返しならぬテーブルをひっくり返すおそれがあるので、カウンター席しかないのではないか。
まったくの推測だが、真実と思わせるほど、日によって、味のレベルが極端に分かれる。ほどほどとか、まあまあという中間が、まったくない。あるのは天国か地獄か、そのどちらかである。
そのため常連客たちは、H寿司へ行くと、おそるおそる、もしくは心で天国を祈りながら、何か一品注文する。
それを一口食べてみて、美味かったら、その日は天国だ。至上の味を満喫できる。ところが、一口口に含んだだけで、吐き気をもよおすようだったら、すぐに勘定を頼むことである。
あまりに極端ではないか。そう思うだろうが、事実なのだ。何か一品でもそれが美味いと、すべてが美味い。たとえ塩辛を箸の先だけ舐めて、まずかったら、ほかの何を頼んでも糞まずい。
どうしてなのか、まったくわからない。誰もオヤジに質問できないからだ。かつて無粋にも質問して、行方不明になった客もいるらしいが、それさえも真相は闇の向こうである。
だが、そんなことは問題ではない。肝心なのは、絶品の寿司およびそれに類する食べ物を堪能することなのだから。
今でこそ、明朗会計をうたう寿司屋は多い。このH寿司は、昔ながらのすべてが〈時価〉である。オヤジの機嫌次第で、値段をつけている。
たらふく食っても、親父の気分が良く、またオヤジに気に入られると、驚くほど安い値段の時もある。ところが逆の場合は、目ん玉が飛び出すほど高い。
探りのために、まず、
「焼き海苔」
と頼んだ客がいた。
「飲み物は?」
オヤジに訊かれてても、
「とりあえず、焼き海苔。一枚でいいです」
をくりかえすばかりだ。
これではオヤジの機嫌がよくなるわけがない。客の前に、ぱらりと黒い滓が落ちてきた。まさか雲脂かと思って、顔を上げると、オヤジが恐い顔で睨み、
「食えよ。焼き海苔だ」
とすごんだ。
「え、あ、まあ……はい」
その客は食べた。当たりだったら文句はない。どんなにひれ伏しても、いくら莫大な金額を要求されようとも、金に糸目をつけずに楽しめる。
だが、この日は外れだった。指先に唾を虚けて、カウンターに落ちた焼き海苔の滓を、舌に乗せたとたん、その客曰く、
「拭いてないけつを舐めさせられた味だった」
そのため、すぐに、
「お勘定おねがいします」
と立ちあがった。
焼き海苔の滓だけだ。上がり(お茶のことを、寿司屋の符丁で、こう言う)も出てきていない。いいよタダで、もしくは、何か急用かい、くらい訊かれるかと考えたらしい。甘かった。
「五十万円」
「は?」
「五十万円だよ」
オヤジは、包丁を逆手に持って、振り上げながら、くりかえした。本気だとわかり、また、その客も自分に非があったとわかったらしく、即金で払い、這う這うの体で店を後にした。
ちなみにその客は、以後、H寿司に顔を出すと、どんなにガラガラでも、
「満員」
と追い払われた。そのショックで、現在、遠洋漁業でマグロ船に乗っているという。
なぜマグロ船なのか、くわしくはわからないまでも、ここでも山梨県のマグロ消費量が、日本一であることと関連しているのだろう。
この客の出来事が、都市伝説ならぬ一地方の街伝説として広まった。客たちも馬鹿ではない。
そのため常連たちが結託して考えた。その日の当番を決めて、誰かが一人、まずH寿司に入る。上機嫌に振る舞い、オヤジに媚びへつらいながら、何か注文する。注文する品は、どんなに糞まずくても、せめて一口だけは笑顔で腹に入れられる品にする。
いよいよ運命の時だ。大きく深呼吸してから、一口食す。あくまでスマイルだ、スマイルを忘れてはならない。
さてさて判断は下った。当たりだったら苦労はない。一口だけで、天国に上り詰め、後はふわふわと極楽気分に浸れる。が、外れだったとき、それでもとにかく笑顔を崩さないこと。そうして、これは当たり外れのどちらの場合もだけれど、オヤジにわからないように合図を送る。
店の入り口は、曇りガラスのついた引き戸になっている。そちらに向かって、こっそり手にした小型ライトを、当たりなら一度、外れなら二度、点滅させるのである。
それを店の外から目を懲らして待つ仲間が見つけ、一度なら、さらに離れた場所で待機する連中に、両腕で丸をつくる。後はつぎつぎに店内に流れ込み、極楽気分を満喫すればいい。
余談だが、一度、当たりだったとき、あまりのうまさに合図のライト点滅を忘れた偵察役がいた。あまりに反応が遅いので、もしかして店の中で、悶絶死しているのではないか、と心配した仲間が、決死の覚悟で店内に入ったところ、そいつは夢中で次から次へと注文したねたに食らいついていた。
この者が常連仲間からスポイルされたのは言うまでもない。これまた俗に言う〈食い物の恨みは恐ろしい〉のである。
さてさて、ここで疑問が生じているはずである。この偵察役だが、外れだったときに、どうするか、という問題である。
実にここがまた、このH寿司の神秘ともいえるポイントなのである。表で待つ仲間が、店内から二度ライトが光るのを見たとき、もちろん、ほかの仲間には腕でバツをつくって合図する。
仲間たちは、チッ、だの、クソッ、だの、ファックミー、だの、ブラックシープだの思い思いの言葉や態度で悔しがり、どこか別の平凡な店へくりだすなり、他所でよけいな金を使うのは馬鹿馬鹿しいと帰宅する。
これでは偵察役の男は、見殺しではないか。義憤に駆られる気持ちもわかるけれども、ここからがこの店の神秘たる所以である。その仲間たちに変わって、店に入る別の一団がいるのである。
その一団は、その光景を見て、○×△~!☆、だの、※◎!!!だの、ブラックシープだのと、思い思いの言葉を絶叫ながら、、我先にとその店へくりだす。そうしてH寿司にあるその日のねたを残らず平らげてしまうのである。
この時のエチケットとして、まず行うのが、先ほどの偵察役の救出である。とうぜん、顔見知りになっているから、親しげに話ながら、偵察役の注文したものを、オヤジに見られないように、ぱくりと食す。そうして皿なり椀なりが空になったとき、偵察役は一世一代の演技をする。
「あ、やばい。今日これから約束があったんだ」
「なんだよ、デートか?」
「いえ、食あたり防止に急患で……あわわわ、そうじゃなくて、仕事で人と会う約束があったのを、すっかり忘れてて。すみません、この埋め合わせは次にしますから、本当にすみません」
と俗に言う〈米搗きバッタ〉となって、ひたすらオヤジに詫びる。
気むずかしいオヤジだが、鬼ではない。客が平身低頭すれば、
「仕事じゃしかたねえな」
と唇を歪める。この言葉が出れば、成功の合図だ。
「ありがとうございます。それでおいくらでしょうか?」
「いいよ。次で」
しかし、焦ってはいけない。それでも尚、偵察役は、おのおの独自の演技で、感激して泣いたり、お世辞を言い、頭で米を搗きながら、静かに消えるように店を後にする。
店を出るなり、ダッシュして離れ、まかり間違ってもオヤジに勘づかれない場所まで離れてから、吐くなり、泣くなり、入院なりすれば良い。
このような決まりを覚えてからではないと、H寿司には近寄らないほうが無難だ。といって、恐れる必要はない。なぜなら、そのために私がいる。実のところ、私は、今記した外れだったときに偵察員を救う一団の一員なのである。
メンバーは現在、十七名と六匹と一羽と一◎☆と三シープ。H寿司の座席数は九なので、ローテーションを組んでいる。
当たりでも外れでも、毎回、順番を変えるのが決まりだ。行く度に、偵察員が当たりの合図ばかりで、無駄足を喰らう場合もあるけれど、それは運がなかったと諦めること。それがメンバーになるための唯一の条件である。
もちろんメンバーになってからは、オヤジに対するマニュアルをしっかり覚える必要もあるが、最初のときには、必ずベテランのメンバーが、両脇を囲んでフォローするので、それに従えば良い。
こと金額については、心配無用だ。すでに承知しているように、こちらとあちらでは物価の価値が、俗に言う〈月とすっぽん〉だからである。そこらに転がっている純金一欠片もだせば、御の字。
というわけで、今回、新たなメンバーを募集するために、長々とレポートしてきた。興味を持ったグルメ諸氏の参加を待っている。

と、これで終わってしまったら、参加希望者どころか、訳がわからないまま終わってしまう。
そこで先にも述べたH寿司の神秘なのだが、味に天国と地獄しかないことは、すでに書いた。ところが地球人と我々とでは、その判断がまったく逆なのである。
つまり地球人が地獄と判断した日こそ、我々にとっては極楽浄土できるわけである。
多くの参加希望者を待つ。
〈文責、大宇宙銀河系地区グルメ担当、×○△☆□ホニャラララん〉(了)

◇ ◇
こ、これがSF? まあまあ、かたいことは抜きにして……。皆さん、我らが〈blacksheep〉の新作CDをとっぷりと楽しんでください。(おしまい)

飯野文彦(SF・ホラー作家)